2012/09/24

被災地の今その1~宮城県名取市、、まずはとにかく写真を


平地での津波の高さ、3.2m。



早いもので、2011年の東日本大震災から
1年半以上が経ちました。

同じ日本であっても西日本では震災の実感がほとんどないのが実情ではないでしょうか?

では現在の被災地、どのようになっているのでしょうか。

震災後、映像が真っ先に津波の様子が放送された、
宮城県名取市に行ってきました。



今回名取市を案内してくれたのはこの方。

震災後、名取市で市議として
議員活動をされている及川秀一さん。
(背が高いです!)


及川さんは長く三洋電機で勤めていた経験から
省エネなどエネルギー関連分野の専門家でもあります
(及川さんの紹介は後程、
ものすごいことをやっておられます!!)。


名取市は人口約8万人で、県内唯一の国際空港である
仙台空港を抱えており、
仙台市から電車で15分程度の距離にあります。

名取市の中で特に被害が大きかったのは閖上町(ゆりあげ)で、

7200人のうち死者・行方不明者約1000人、
半壊以上の建物5,000棟以上の甚大な被害を受けました。

焼却処分を待つガレキの山

ガレキ焼却炉


平地での津波の高さ、3.2m。
場所によってはマンションよりも波が高かったようです。



津波の侵入経路


水たまりではなく、地盤沈下した地面。
かなり沈下しております。

亡くなった方々の慰霊碑

閖上中学校

閖上中学校の校舎入口においてありました。
(あの日、大勢の人達が津波から逃れるため、
この閖中を目指して走りました。
街の復興はとても大切なことです。
でも、沢山の人たちの
今もここにある事を忘れないでほしい。
死んだら終わりですか?
生き残った私たちに出来ることを考えます。)

見ていて涙が出てきます


これが津波の威力です


野球グランドを仮設住宅地として使用中。


復興住宅街建設予定の黄金の田んぼ。
皮肉にも美しすぎます。



及川議員いわく、震災後の復興は
着々と進んでいる様に見えるものの、
実際にはほとんど何も進んでいないとのこと。

そしてなにより
被災者の多くは、今も心に大きな傷を抱えており、
いつ元の生活に戻れるのかわからない不安の中で
今も懸命に生活していると語っておられました。

次回、名取市での議員さんの活動について紹介します。