
選挙プランナーというも職業の存在をご存知でしょうか?
候補者を当選させるために
様々な戦略・戦術を立てるのが仕事で、
日本に30人ほどいるようです。
今回インタビューさせて頂いたのは、
日本で最初の選挙プランナーであり、
今なおトッププランナーとして君臨する
三浦博史氏。
優しい人柄が印象的な三浦博史氏、
早速インタビューです!!
政治com(以下、政):
先日、石原都知事の辞任会見(10月25日)がありましたが、
かつて石原都知事とお仕事をしたことがある立場として、
石原さんの今後と、
またそれに対する想いとしては、どのようなものがありますか?
三浦博史氏(以下、三):
私も選挙を通じて、国政、地方を問わず数多くの政治家の方々とお付き合いをさせていただいていますが、いろんな方がいますね。
選挙という「戦い」を通じた付き合いをしていると、
通常のお付き合いでは見えない人間性が見えてくるんです。
どんな大物でも。
いわば、心と心の裸の付き合いを、一時的にせよするわけですから。
たとえば、有権者の前ではすごく感じのいい人であっても、実際はとんでもない身勝手な人だったりするケースもよくあります。
その点、石原慎太郎さんは、男らしいというか、実にカッコイイ。男の美学を感じる人です。女性から見てもそうでしょうが、男性から見ても人間的な魅力にあふれる人です。
何がカッコイイのかというと、マスコミやテレビカメラが入っている時の石原さんはすごく傲慢な感じに見えますが、
カメラが入っていないときはぜんぜん違うんです。
ボランティアで事務所に来ているおばちゃんたちにも、
「ありがとう」って笑顔で握手しながら感謝の気持ちを伝えるんです。
でも、カメラが入ってきた途端にいつものように片手を額に持っていったポーズで、「おうっ!」みたいな感じになっちゃいますね。
たぶん、照れ屋なんだと思いますよ。
政治家の中には、石原さんとは逆で、カメラが入ってくると、
笑顔で応対するけど、カメラが出て行くとスタッフに対し怒鳴り散らすみたいな、そういう人って結構多いんですよ。
石原さんは優しくて、暖かくて、思いやりのある人です。
具体例を一つあげると、都知事選の時、石原さんの親友で元内閣安全保障室長で石原さんの選対本部長を務めた佐々淳行さんが応援演説した時です。
佐々さんは、ちょっと足が悪いんです。
石原さんが「三浦君、佐々さんはどこで挨拶するの?」と何度も聞くので、
「立川ですよ」と答えると、
「そうじゃなくて、どこでやるの?」って聞くんです。
場所は場所でも、会場ではなく、車の上とか前とかを聞きたかったんですね。
そこで私は「車の上からです」って言ったんです。
そうしたら石原さんが
「(佐々さんは)足が悪いから、お立ち台を用意してよ」と言うんです。
私は、「大丈夫ですよ。SPもいるし、若いスタッフもいますから」って言ったら、
「ハシゴだろ?登るの。ハシゴを登るとき、下から支えられても足は痛いんだから、お立ち台を作ってあげてよ」ということで、台を用意し、その上から佐々さんが応援演説をしたんです。
演説が終わって事務所に戻ると、佐々さんが
「三浦君、今日はありがとう」と言うので、
「いや、御礼なら私じゃなくて石原さんに言って下さい。石原知事の指示ですから」と言い返しました。
そしたら、隣にいた石原さんが
「いや、三浦君が勝手にやったんだから」と。
言いたいことなんとなくわかりますよね?(笑)
テレビなどを通じて見ると傲慢なおじさん(笑)、でも実際はものすごく心の優しい人。そういったところが、石原人気の原点だと思います。
ただし、今回の突然の辞任劇と石原新党については、正直なところ、かなり違和感があります。
元横浜市長の中田宏さんが任期途中で市長を辞任した時、確か石原さんは
「任期満了を目前にして市政を投げ出すなど、けしからん」と言われていました。
にもかかわらず、今度はご自身が突然都政を投げ出したわけです。
石原知事は「3選限り」と言い続けてきたのに4選出馬。
260万票という都民の負託を受けて当選を果たし、1年半。
そして今回の辞任劇。
こんなに多くの都民の負託を受けて当選したのに、都知事を途中で辞めた。
そこは石原知事が思っている以上に、
「都政を投げ出した」という批判が、
おそらく今後出てくると思いますね。
知事というのは、いわば大企業の社長ですよね。
その社長が、突然、きちんとした説明もなく任期途中で辞めた。
そうなると、普通なら社員は一体どうなるんだ? 株主は? 取引先は? となりますよね。
石原さんに期待して投票した都民の想いはどうなっちゃうの?ってことです。
ですから、今回の石原さんの行動に関しては、私は納得できません。こんな辞め方ってないんじゃないかなと。
新党をつくるという選択肢が理由なら、昨年の都知事選に出なければよかったんです。また、新党を立ち上げることについても説明が足りません。
私の常識から言わせてもらえば、
新党をつくる場合、まず、誰が代表で、主なメンバーは誰で、既成政党ではできないから新党を立ち上げて何々をやるといった目的をはっきりさせる。そして、政策や綱領を発表する。
普通の記者会見はこうですよね?
石原さんの理念、想いは伝わってきましたが、たとえば橋下さんのいう価値観とはどう一致するのかもよくわからない。
「俺を信じてついてこい!」っていう相変わらずの姿勢、
そんな新党結成ってないんじゃないでしょうか?
そういう点でも、非常に異例な記者会見だったのではないかと思います。
ですから、私は、有権者もだんだん頭が冷えてくると、任期途中で辞めたこと、いわば投げ出したことへの批判や、新党構想自体への批判も出てくるような気がします。
今の状況を見ていると、わからないことが多すぎます。
石原さんや周囲が思っているほどの、盛り上がりも、石原新党に対する期待もあまりないんじゃないかなと、そんな感じがしますね。
政:
それでは、話変わりまして。
今まで数々の政治家の人とお仕事をされてきたと思いますが、
その中で特に印象に残った政治家は誰ですか?
三:
守秘義務がありますから、誰とは申し上げられませんが、沢山ドラマがありますね。
たとえば沖縄の仲井眞弘多知事。
外見からしてもガンコ親父の典型のような方ですが、
選挙中も、当選後も、あれほど信念を曲げないというか、
ブレない政治家は少ないと思います。
沖縄を愛する気持ちが、傍にいてもヒシヒシと伝わってくるんです。
他にもたくさんいますが、裏方の話が多過ぎて、具体的な理由はなかなか言えないんですよ。
アメリカの政治家って、俳優みたいで、オーラがあって、何をやってもカッコいいんですよね。
日本ってなかなかそういう政治家少ないじゃないですか。
政:
三浦さんは、前例がない中で、選挙プランナーとしての活動を始められ、現在第一人者として活躍されておられますが、特に日本の場合偏見も強かったことでしょうし、そんな中でここまでやってこれた源みたいなものを教えて頂けたらと思います。
三:
私は、28歳でサラリーマンを辞め、椎名素夫先生(故椎名悦三郎先生の子息で自民党衆議院議員)の下で、9年間秘書をやっていました。
今、二世・世襲批判がありますが、椎名先生は私が言うのも何ですが、素晴らしい政治家でした。
椎名先生の下で、政治のイロハをはじめ、選挙や政策を学ばせていただきました。岩手県水沢市(現奥州市)出身の方ですが、実に立派な方でした。
椎名先生は、自民党副総裁を歴任し、
ロッキード事件後の「椎名裁定」で有名な故椎名悦三郎先生の次男(高野長英の甥が後藤新平で、後藤新平の甥が椎名悦三郎氏という政治家名門の家柄:高野長英、後藤新平は共に日本の歴史における重要人物)です。
「質実剛健」「清貧は美徳」を文字通り地でいく、素晴らしい方でした。本当に良い政治家に仕えたと感謝しています。
1989年、アメリカ国務省の「個人招聘プログラム」の招聘を受けてアメリカ政治事情の視察に行きましたが、
何よりもカルチャーショックを受けたのが、
「選挙」でした。日本と全然違うんです。
何が違うかというと、いまでも日本の選挙って、
多少胡散臭いイメージがありますよね。
「選挙プロ」っていうと、選挙ゴロとか、選挙ブローカーという暗いイメージがあって、そういう言葉がピッタリな人も当時は確かにたくさんいた。
アメリカの選挙を実際に見て感じたことは、とにかく明るくて、楽しそうで、いわば大統領選挙は一種のお祭りなんですよ。
大統領候補がわが町に来るともなると、町中お祭り騒ぎで、厳重な交通規制が敷かれ、パレードがある、そんな一大イベントなんです。
日本の場合、政治家の集会に行く人は、どちらかというといやいやながらという感じで、動員されて参加するパターンが多いでしょ?
アメリカの政治家の集会のパターンは全く違うんですよ。花火が打ち上がったり、有名な歌手や俳優とか、ハリウッドスターも来るんですよ。まさに「It's show time!」という感じなんです。
キーワードは「participation(参加)」。
有権者みんなで「参加」して政治家を決めよう、ってね。
日本でも小泉劇場の郵政選挙や大阪ダブル選挙の時は、
若干似たような場面もあったかもしれませんが、
それ以外の選挙って、一般の人はあまり関心を持たないですよね。
また、日本だと選挙事務所に出入りする人もごく限られた少数の人たちばかり。
アメリカは、「この人に投票すればきっと何か変わる」とか、
「この人は絶対に変えたくない」とか、タクシーの運転手とかが、運転中やパブのカウンターで熱く語り合うわけです。
皆さんの町で、仕事仲間や友人、知人と居酒屋などで政治のことについて語り合うことってどれくらいありますか?
おそらく皆無に近いんじゃないでしょうか?
まあ、そういう光景をたくさん見て、相当なカルチャーショックを受けて帰国したわけです。
その後、日本の現状がいかに遅れているかを痛感し、
当時、アメリカを代表する、民主党の選挙コンサルタントのトム・ヒュージャー氏から、日本でもそういう会社を作れよと、勧められ、スタートしたわけです。
会社名のアスクの由来ですが、これは彼の命名で、
「ask the idea(理想を求める)」「ask the votes(票を求める)」「ask the money(資金を集める)」と、
選挙は「理想」と「票」と「資金集め」が基本だから、アスクがいいだろうということになったんです。
わかりやすくていい名前だと思い、社名をアスクに決めたのですが、よく調べてみると、既にそこら中にアスクという会社があったんです(笑)。
そして、当時の選挙プロという呼称はネガティブなイメージが強かったので、「選挙プランナー」という肩書を自称したものの、「選挙プランナー」なんて、誰も知らないわけです(笑)。
認知されるまで長い年月が経ちましたが、
2008年、フジテレビで放送された木村拓哉主演のドラマ「CHANGE」で番組の監修を務めたり(阿部寛氏扮する「選挙プランナー」は、三浦氏の使っていたタイトルからとったもの)していく内に、
松田馨君(最年少選挙プランナー)のような若くて優秀な選挙プランナーも出てきたりと、
ようやく世間からも一定の認知を受けつつあるようです。
「ようやくここまできたか」って感じです。
政:
それでは最後に、年々自殺者が増加している若者へ、何かメッセージを贈っていただけたら有難いです。
三:
70歳や80歳で、どうしてそんなに元気なんだろうと思う高齢者の方っていますよね。
実は、渡辺弥栄司さんという、超元気なご年配者から、若さ、元気の秘訣を以前うかがったことがあるんです。
その秘訣は何かというと、
遠い将来何をしようかと考えるより、今日のご飯何にしようかとか、近々本屋に行って好きな本を読んでみたいとか、明日は釣りに行って大物を釣りたいとか、
そのような短期的で身近な目標を持つことだというのです。
それが、まったく無くなったり、失われたりした時に、自殺や鬱ということになる可能性が強くなると思います。
ですから、年寄りの私から若い人へのメッセージというのではなく、自分自身にも言い聞かせたいメッセージとして、
人は皆、大変で、苦しくて、悩んで、夢の持てない社会だと思っているかもしれません。
そうした中でも、今日でも明日でも明後日でも、来週でも来月でも、来年でもいいから、自分なりの希望や願望、欲望、目標を持ち続けることが大切だと思います。
子供の頃って、そんな願望がたくさんありましたよね? おもちゃがほしいとか。でも、年を重ねるにつれ、だんだん失われてくる。それから様々なプレッシャーもかかってくる。そして失望感とかが先に立ってくる。
だから、どんな小さなことでもいいので、毎日1つや2つ、直近の願望を持ち続けることが一番です。
そして、政治家の方にお願いしたいのは、次の時代を担う子どもたちや孫たちのために、一日も早く夢や希望の持てる社会を作ってほしいと思います。
(インタビュー;2012.10.30)
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元祖にして、日本のトッププランナーである三浦博史氏。
あふれ出る情熱と優しい人柄の氏は、
ただひたすらに
カッコイイのです!
選挙プランナーとしての立場を越え、
政治的メッセージを日本へ発信し続ける氏は、
今の日本の政治における重要人物の一人であるのは
間違いないでしょう!!
三浦博史氏のブログ
「選挙プランナー 三浦博史の選挙戦最新事情」


帰りに著書を2冊頂きました。
非常に勉強になる本なので、
興味のある方、
これから政治家に立候補したい方は、
ぜひぜひ読んでくださいね。