2013/01/22

男前すぎる政治家に会ってきた!!





若手政治家グループ「龍馬プロジェクト」の全国会会長を務め、
全国にその名を知られる神谷宗幣氏。

2012年12月の衆議院選挙では、残念な結果ではあったものの、そもそも圧倒的不利の中、自らの信念を押し通す形での出馬でありました。

第一印象は「何て爽やかな人柄なんだ!」
でありましたが(笑)、人間的には超激アツな方であります!

それでは早速インタビューです!!


政治COM(以下, 政:)
20121216日の衆議院総選挙、自民党からの出馬で落選という結果ではありましたが、そもそも二週間前の出馬表明ということで、非常に厳しい情勢にもかかわらず、自分の信念を押し通す形での出馬でありました。具体的にはどのような思いで出馬されたのでしょうか?

神谷宗幣氏(以下, 神:)
色々な想いがあります。
先ず、私たち(龍馬プロジェクト)はチームで政治をやろうということで約束していたんです。一年半ほど前に吹田の市長選挙がありまして、その時に、私の相方の石川勝市会議員(当時)が「お前は国政に出た方がよい」と言ってくれて、彼自身は市長選挙に出馬しました。
ですから私は、自分の仕事として、市議の活動をしながら、国政の勉強もしっかりして、来たるべき時には国政に出よう、ということはずっと腹に決めていたわけです。

周囲の議員にも「地方自治も大事だけれども、やはり今、国の大きな制度改革をしていかないといけない、それには自分たちの人生を懸けて国会議員にならないといけないのではないか?」というメッセージを送ってたんですね。
ですから私としては、今回どのような状況であろうと、たとえ無所属であろうと、国政には出ようと決めていたわけです。

そういった中で、どこの党に所属するかといったことが問題としてありました。
私は「自分たちで新しい党を作ってもいいんじゃないか」という想いではいたんですが、今回の選挙前に、維新の会を含めて.いろんな党ができましたよね。
しかしながら、様々な新しい党に確固たる理念が無い。

むしろ、私はもともと安倍晋三先生の理念には賛同しておりまして、デフレ対策や国土強靭化など、そういうことを実現してくれるところがいいなと思っていたところ、昨年の九月、前評判をひっくり返して、再度安倍先生が自民党総裁になられました。そして掲げる政策内容を見ると、ほとんど私たちが目指しているところと変わらない。また、龍馬プロジェクトの多くのメンバーが自民党籍であり、ずっと自民党に誘ってくれていました。理念が一致し、多くの仲間がいる。ここが決め手となって私は自民党を選択しました。

「この党にいれば通りやすいとか、ここは人気があるからここに居ればいいんだ」と、政治の世界はそういうことを言う人がたくさんいます。でも私は「そうじゃない!」と、やっぱり「何をするのか、何を目指すのか」だということに重きを置いてきたので

今の自民党の政策は私の考える政策にとても近い。特に憲法改正、教育改革あたりは、私が政治家を目指した原点でありますから、それをやろうという政党があるのに、あえて自分たちでグループを作る必要があるのか、そことあえて戦う必要があるのか、ということを考えた時に、自分の中で大義が無いと思っていたんです。

そして、衆議院に出ることは腹が決まっているものの、どこで戦うか考えていたところ、東大阪市の大阪13区というところが, 選挙の2週間前に急に空いて要請がきました。しかもその空き方というのがですね、お父さんの自民党の議員が急に辞めて、息子が維新の会からでるという、自民党からするとだまし討ちのような、そんな選挙区だったので「これは戦う大義があるな」と思ったのです。

仲間とも協力できるし、自分が思っている経済政策、景気政策を訴えられるし、私がずっとおかしいと言い続けてきた維新の会と戦うことができるし、そして衆議院に出ると言っていた約束を果たせる、この様に様々なことがすごくマッチしました。


もちろん相手を見ても、期間を考えても勝ち目でいえば難しいことはわかっていました。しかし、あえてそういうところに飛び込んでいくことによって、今の政治の世界は, みんな自分の損得とか, 風で動く人が多いんですが、「それはおかしい!」ということはずっと言い続けてきたので、それを行動でも示したかった。馬鹿だと言われますが、私の中で筋を通したかったのです。

それでたった一週間の準備で()、無茶を承知で衆議院選に出た、というのが今回の事情になります。

政:
続きまして龍馬プロジェクトについての質問ですが、龍馬プロジェクトは政党の垣根を超える、いわゆる超党派の人たちの集まりということですが、イデオロギーという枠組みのみで語られがちな政治の世界において、ある種の一石を投じる活動ではないかと感じております。その辺りも踏まえ、龍馬プロジェクトへの想いを教えて頂けたらと思います。

神:
政治は一人ではできないんですよね。私も元々無所属で始めましたので、一人の無力感が良くわかります。また独りよがりの政治っていうのをやってはいけないなと思っています。ですから政治はチームでやらないといけない。

チームの作り方なんですが、あいまいな理念で集まり、選挙に勝つことなどを目的に政党という形で枠を作って、それに集まった人たちで政治を行う。というものがこれまでのやり方なんですが、私はそれはおかしいんじゃないかなと思いまして...

「日本を良くしたいという想いがあれば, その想いに人は集まればいいだろう」と、そして、集まった人であれば、人間同士ですから好き嫌いとかはありますけども、一緒にやれるかどうかっていうことを、時間を共有し魂レベルで確認すればいいと。そういう人たちが集まって、そして本気で日本を良くしようと思った時に「自分たちに何ができるんだろうか」「どういう日本にすればいいんだろうか」というビジョンを作って行けばいいだろうと。
それを共有するメンバーが首長になったり、国会議員になったりして、一定の地位に就いていけば、自ずと政治って変わっていくだろうと、そういう発想の下で龍馬プロジェクトという活動を始めました。

「龍馬プロジェクト」という名前は、
  全国を回って仲間を探すこと(全国行脚)
  集まった仲間で未来ビジョンを作ること(船中八策)
  ビジョンと基にして超党派の政治家で活動をしていくこと(薩長同盟)
という我々の行動が幕末の坂本龍馬に似ているなということで名付けました。

10, 15年経ったときには、思いを共有する仲間が政治の中枢に立っていて自分たちが描いたビジョンが形になる。これがプロジェクトの目的です。

政:
続きまして神谷さんの内面的な事に関する質問なんですが、神谷さんは「道なき道を行く」といった言葉がまさにぴったりではないかと思うのですが、この生き方に影響を与えるに至ったこととして、育った環境(例えば家庭、学校教育など)で何か思い当たる事があれば教えて頂けたらと思います。

:
きっかけは二つあると思います。一つは私の親父が「何でも好きなようにやれ」と何も強制しなかったんですよね。

自分の考えで自分のやることをやればいいんだけども「最後は責任を自分でとれよ」ということをずっと言われてきました。私は塾に行かされたり、習い事をさせられたりとかというのが本当に無くて、すべて自分で選択して育ってきました。ただ、自分の選択で失敗したことについては自分で責任をとる、という教育を受けてきました。

レールを敷かれなかったんですよ。「やりたいことをやればいいけども、その責任は自分でとるんだよ」という教育を受けてきたのが、私の生き方の原点の一つになっているかとは思います。

それから二つ目。大学の時に一年間海外に行って、20ヶ国くらいまわりました。
ここで、日本の中で考えていた常識とか、日本の歴史、それから学校で習った知識、日本のメディア、多くのもので私が常識だと思っていたものは、世界に出た時に常識でもなんでもなくて、一つの考え方にすぎなかったということが分かったんです。

でも日本にいるとそれが分からないので、みんな「こうでなければいけない」とかいう強迫観念に駆られて、何ていうか、一定の行動とか制約を求められている。「大学出たら就職しなければならない」とかね。そういう風に思わされてるんですけども「そうじゃないだろう。」と海外で気づいたんです。

そして、私はそれに気づけたからラッキーだったけども、気づいてない人たちに、何をどう伝えていくかということに悩んだのです。

例えば「日本に軍隊があってはいけない」ということです。私もかつてはそう思っていたし、それを言うことが正しいと思い込まされていたけども、世界の国々ではあたりまえに軍隊があるわけですよ。
別に彼らは戦争をするために軍隊を作るわけではなくて、自分たちの国を守るために軍隊を持っていると、それを持っていることによって、自由な発言、外交交渉、経済活動ができるから国民がお金を出し合って支えているんです。

「じゃあ逆に軍隊が無い日本はどうなんだ?」というと、いざ国と国の大きなもめ事になった時に、私たちはいざという時に軍事的な圧力に耐えられませんから、最後は折れないといけない。経済活動においてもアメリカから「こうしなさい」と言われたらそれを呑まないといけない。
実際この様なことを背景にいろいろ勉強していくと、それに近しい事象って歴史の中にたくさんあるんですね。

そのような事も含め、私たちはある一定の枠の中で囲われて生きているんじゃないかという想いがずっとありまして、だからそれをどう変えていくか、どう破っていくか、それによって日本人の力をどう伸ばしていくか、ということを考えながら生きているのです。

こうした経験から導かれる想いが、道なき道を行く原動力というか、モチベーションにつながっていくのかもしれません。

政:
それでは最後に、過去最高の自殺率を更新する現代の若者たちへ、座右の銘のような、勇気を与えることができる言葉を贈っていただけたらと思います。
#神谷氏もまだまだ若いですが(),

神:
私の座右の銘はですね、“志をもって万事の源となす”という吉田松陰の言葉を座右の銘としています。
私自身、親父が政治家であったわけでもないし、むしろ金銭的にも、実家の会社が倒産しましたので非常に厳しい状況でした。
けれどもいろんな人の助けの中で、6年の政治活動、市議会議員では副議長もやらせて頂きましたし、今回こうして国会議員の選挙にまで挑戦できました。

そんな私の原点は、自分の想いや志一つなんですよね。だから「あれはできない」「これはできない」「今不景気だから」「親の会社が倒産したから」「自分にハンディキャップがある」とか、いろんな言い訳ってできるんですけども、それは自分で自分にブレーキをかけているに過ぎないって思っています。

できない理由を考えるんではなくて、できる可能性を考えて生きていけば、私はいろんなことができると思います。

たとえば、考えてほしいのが、自分が非常に貧しい世界の最貧国のようなところで生まれ育った時に、今の日本人の様な夢が持てるかっていうことなんですよね。
みんな上をみて「自分は不幸だ」「自分は恵まれていない」「日本は景気が悪い」だとか悪いことばっかり言いますけど、日本人に生まれたということだけで、私は一億円の当たりくじを握って生まれてきたに等しいという風に思うんです。


ですから「自分たちは恵まれている、ありがたい!」そういう気持ちを原点に持って、そして、「じゃあこの恵まれた環境の中で俺たちに何ができるのか?自分の為だけに生きるのはつまらないじゃないか!」「この恵まれた環境を作ってくれた人たち, 又は維持してくれている人たちに対して, 自分は何ができるのか?」という大きな目標、志を持って生きていけば、それは万事の源になるんだろうという風に思っています。
若い人たちには、是非!そういう心構えで、一緒に日本を元気にしていっていただければありがたいなと思います。


(インタビュー:2012年1月12日)
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インタビュー後、少々談話をさせて頂いたのですが、
神谷宗幣という人間は
「とにかく気さくに話をしやすい」
と感じました。

これは、心が常に相手に対して開かれており、
一人でも多くの国民の声を聞きたいと、
神谷氏がいつも意識しているからなのでしょう。

自分の権力欲を満たすことばかりを考える政治家が多い
昨今の政界において、
一人でも多くの国民の幸せの為に行動する氏は、
今後さらなる輝きを放っていくことでしょう!!!!







三橋貴明氏に会ってきた!!